リレーブログ | 社会福祉法人 鳥取こども学園 | Page 7

社会福祉法人 鳥取こども学園は、キリスト教精神にもとづいて創立されました。その基本理念は『愛』です。

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  • リレーブログ第4回 フレンド&スマイル 山中総括寮長

     暖かい日ざしに春を少しずつ感じる季節になりました。

     本当にたくさんの方々のご理解とご協力のおかげで希望館の改築が進んでいます。自立援助ホーム「鳥取スマイル」も 少しだけ改築に感慨深い思いがあることをお知らせします。

     実はこの改築工事に児童養護施設および自立援助ホーム鳥取フレンド出身のOBが基礎工事に携わっておりました。25年前に鳥取フレンド滝山寮で生活していた人です。当時は、制度も資金もなく利用者の皆さんといろいろな出来事を一緒に乗り越えてきていた時代です。その当時の出身者の1人が建設会社を立ち上げていることはきいていましたが、偶然にも約1年前に出会い、その時の利用者で仕事を探している17歳少年のことを話したところ、社長として面接をして、彼を雇ってくれました。その子は、県外出身の方でしたから山陰の冬を2回経験しています。夏の暑さ、冬の寒さの中での屋外作業の試練を乗り越え、現在もその会社で働いています。

     お世話になった社長の他にももう1人のOBがいて、いつも楽しい会話で笑わせてもらっているようです。つらいことも多いと思いますが、現在の寮がOBに面倒を見てもらっていることに、繋がりと温かさを感じます。そのOBさんも「まさか自分が鳥取こども学園の工事をすることになるとははなあ…」と感慨深く言っていたことを忘れられません。

     人との出会いをいつまでも忘れないでいてくださることに感謝します。まだまだ試練はあるでしょうが、頑張っている姿に自立援助ホームのスタッフも元気をもらっています。

    鳥取フレンド・鳥取スマイル 総括寮長 山中 友子

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    2015.02.27

  • リレー第3回「日本奥地紀行」を読む 希望館館長 西井啓二

     鳥取こども学園は1906年(明治39年)に創立しています。その28年前の1878年(明治11年)、維新、文明開化の間もない日本を訪れたイギリスの女性がいます。当時47才のイザベラ・バードは、妹への手紙として当時の日本の様子を届け、後に「日本奥地紀行」として英語版で出版されました。東洋文庫に収録されていましたが 2000年に平凡社ライブラリーで文庫化され、読む機会を得ました。その後、本自体は読了後に誰かにプレゼントしたのですが、最近、書店の棚で再発見しもう一度読んでいます。

     イザベラ・バードは、1878年5月に横浜に上陸、その後、日光を経て東北・北海道と外国人が訪れたことのない地域を踏破しています。前回に読んだかすかな記憶の中に「日本の人達は、とても子どもを可愛がる」という記述があり、果たしてどういうことだったのか、もう一度確かめたくなったのです。昨夜、当時の日本での子どもと大人の関係を表現した箇所にたどり着きましたので紹介します。(ここまでが前置き)

    「日本奥地紀行」 イザベラ・バード(平凡社刊)

    第十信 日光 入町

     『私はこれほど自分の子どもをかわいがる人々をみたことがない。子どもを抱いたり、背負ったり、歩くときには手をとり,子どもの遊戯をじっとみていたり、参加したり、いつも新しい玩具をくれてやり、遠足や祭りに連れて行き、子どもがいないといつもつまらなそうなである。他人の子どもに対しても、適度に愛情をもって世話をしてやる。父も母も、自分の子どもに誇りをもっている。見て非常に面白いのは、毎朝6時頃、12人か14人の男達が低い塀の下に集まって腰を下ろしているが、みな自分の腕の中に2歳にもならぬ子どもを抱いて、かわいがったり、一緒に遊んだり、自分の子どもの体格と知恵を見せびらかしていることである。その様子から判断すると、この朝の集会では、子どもの事が主要な話題となっているらしい。(中略)』

     『一家団欒の中にかこまれてマロ(ふんどし)だけしかつけていない父親が、その醜いが優しい顔をおとなしそうな赤ん坊に寄せている姿である。(中略)いくつかの理由から、彼らは男の子の方を好むが、それと同じほど女の子もかわいがり愛していることは確かである。子どもたちは、私達の考えからすれば、あまりにもおとなしく、儀礼的にすぎるが、その顔つきや振る舞いは、人に大きな好感をいだかせる。彼らはとてもおとなしく従順であり、喜んで親の手助けをやり、幼い子どもに親切である。私は彼らが遊んでいるのを何時間もじっとみていたが、彼らが怒った言葉を吐いたり、いやな眼つきをしたり、意地悪いことをしたりするのを見たことがない。しかし、彼らは子どもというよりはむしろ小さな大人というべきであろう。』

     イザベラバードの日本に対する第一印象は決してよくはなかった。むしろ、極東の野蛮人を観察する視点に見受けられる。やがて、日本人の礼儀正しさを知り、尊敬するに至っている。本文では 何カ所か子どもの様子が描写されている。彼女がたどった美しい日本の風景描写と初めての外国人が見た風俗は大変興味深いものです。

     ※リレーブログを発案しながら 自分の順番に追いかけられていました。今日は久しぶりに午前中はお休みです。他にもっとつたえたい事がたくさんありますが 今 読んでいる本を紹介しました。いかがでしたか、生活の価値の変遷に驚くばかりです。現在から過去に向かう100年余りというのが いかに密度の高い時代であったか。それは子どもにとっても家族にとっても激動が訪れたということなのだと感じました。

    平凡社ライブラリー

     

     

     

     


    2015.02.05

  • リレー 第2回 「創立記念日を迎えて」 乳児部院長 田中佳代子

     今日、平成27年1月13日に鳥取こども学園は、創立109年目を迎えました。創立100年を迎えた時に併設した乳児院も9年目を迎えました。ここ3~4年定員一杯の状態が続いており この少子化の時代に乳児院の需要が高まっていることは、悲しいことでもあります。

     人生で赤ちゃんの時代は、親御さんのたくさんの見守りとお世話が必要です。その時代を親と離れて過ごす子どもたち。手元に置きたい子どもと離れて暮らさざるを得ない親御さん達。子ども達と親御さんと私達、乳児院の職員が共に歩んでいくのだと思っています。

     私たちは 鳥取こども学園の創設者(尾崎信太郎氏)の『愛』の精神を基盤としています。法人の理念である『一人一人を大切に共に寄り添う』をいつも心に刻んで支援しています。小グループ(1ホーム5人の子ども)での家庭的養育のなかで個別担当制を実施しています。子どもたちに『生まれてきて良かった。』と愛される喜びを肌で感じてほしいのです。子どもと離れて暮らしている親御さんから、愛着が奪われることがないよう 親御さんの立場も含めて受け止めようと考えています。子どもとの面会や外出・外泊を奨励し 子どもにとって世界に一人しかいない親(父・母)として 子どもを慈しんでほしいと願っています。

     児童養護施設 鳥取こども学園は 戦災孤児の救済のために創設された施設ですが 現在は親のいる子どもたちがほとんどです。時代とともに施設へのニーズや支援方法は変わってきていますが 子どもたちに寄り添う姿勢は今も昔も そしてこれからも変わることのない鳥取こども学園であり続けたいとねがっています。 そして、その分身である乳児院も同じなのです。

     平成27年1月13日(第109回創立記念日)

    鳥取こども学園乳児部 院長  田中 佳代子


    2015.01.13