里親支援とっとりブログ | 社会福祉法人 鳥取こども学園

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里親支援とっとりブログ

  • ウェブ会議の手伝いをとおしてきづいたこと

    里親支援とっとり 所長 遠藤 信彦

     コロナ禍により、地域をまたいで参集する会議が軒並み中止となり、施設長らのウェブ会議・リモート会議(インターネットワークを通して、離れた複数の方が会議を行う)の手伝いをすることが多くありました。なかなかに、すっすすっすとセッティングできるものではなく、やれ機械が反応しない、やれ声が聞こえない、やれパスワードがあわない、などなど、てんやわんやしましたが、何度も手伝いをするうちに要領を得てきましたし、この形態の会議『独特の作法』を学ぶことができました。

     そもそも、手伝いをするまで、『画面のお顔をみながらヘッドホンとマイクで会話する』ということについて、半信半疑というか、まゆつばものというか、信じていないふしがあったのですね。むしろそんなことよりも、電話での、声だけのやりとりに、その方のおもかげを思い起こしながら、よもやま話をまじえた会話を大事にしたり、メールであれば、歌手の宇多田ヒカルのヒット曲「オートマチック」の歌詞にあるような、『アクセスしてみると映るコンピュータースクリーンの中にチカチカしている文字 手をあててみると温かい』というようなことを目指し、情感と魂を込めて文字を打つ!といったことをこころがけていました。

     しかしながら、なかなかどうして、ウェブ会議もおもむき深いものでした。全国ブロック規模の会議などになりますと、コンピュータースクリーン一面に、お歴々の方たちのお顔がタイル状にところせましと並び、一斉にこちらをみているさまは壮観です。ウェブ会議に用いるソフトもよく工夫されており、発言すると(マイクに音声が感知されると)その発言者のお顔がアップになるといった動作があります。(逆に言えば、余計な声を発せないとも言えます)

     冗談ではなく、お顔写りも大事です。明るい窓の方を向いたり、さらには、ライトをあてたり(!?)といったことも行いました。これは大げさではなくて、顔をしっかり照らさないと、先方に見えないのですね。テレビ番組の収録か!?というありさまですが、まさしく、だいたい似たようなものであるわけです。

     こういった会議をコーディネートされる、専門の業者さんもおられ、リモートで取り仕切られるその進行には大変学ばされました。例えば『自分の発言の出番ではない時も、あいづちを打つようこころがけてください』という教えがありました。と、言いますのも、ウェブ会議では、出番ではない時は、前述のとおり、声をひそめておくものなのですが、その間も、お顔は画面に映っていることが多いです。ただでさえ、遠く離れていて、画面と音声だけやりとりですから、その場の空気感が乏しいなか、画面のお顔がムスッとしていたり、他の方向をみていたり、隣の人(画面には映っていない)とひそひそ話をしていたりすると、聴いてもらっている感が乏しく、話しにくいのですね。しかもそれがまた皮肉にも、つぶさによく見えるのです。小さなタイル状でも、大きくあいづちを打ってくださっているのをみると、発言者は安心して話しやすくなるということでした。

     フォスタリングチェンジプログラムでも、このことに関したトレーニングがあります。子どもの話を聴く際、返すことばの内容も、もちろん大事ではあるのですが、それ以上に、その際の表情、しぐさ、声のトーン、目線、姿勢などがとても重要です。聴くにつけ、ほめるにつけ、注意するにつけ、この、ことば以外のコミュニケーション(非言語コミュニケーション)に気を配りましょう、というものです。ある学説では、『態度が9割』なのだそうです。どんなに美しいことばも、態度がともなわなければ、相手の胸に響かない、ということですね。

     コロナ禍のもと、ひととひととの間の、コミュニケーション様式が、大きく変わりつつあります。しかしながら、デジタル信号で、インターネットワークを通しても、礼節についての大事なことは、たいして変わりが無いようです。今一度こころがけたいと思います。


    2020.07.10

  • 初夏の草木の育ちをみて【令和2年6月】

    里親支援とっとり 所長 遠藤 信彦

     我が家のつくばいに、睡蓮が茂っています。この睡蓮は、平成30年に逝去された池田里父が育てていたもので、昨年、里母からいただいたものです。

     ぼくの住んでいる棟は、築年数の古い離れ家です。もともとは、祖父が茶室をイメージして建てたものだそうで、茶室に入る前に手を洗うつくばい(蹲)のようなものがあるのですが、そこに睡蓮が茂っている。いただいた頃からすると、随分と株が大きくなりました。

     昨年は、このつくばいに、めだか・どじょうなどを放しており、一時期は大盛況で、繁殖までしていたのですが、冬を経て、現在生き物はリセットされています。と、言うのも、ぼくの育てている水辺の植物は、夏・秋を通して、おおいに繁茂するですが、冬には葉を枯らせて落とし、根っこのみで越冬するものが多いのです。めだか・どじょうは、冬の屋外でも水底深くで、じっとして、越冬できるのですが、思うまま夏・秋を謳歌して茂った葉を、冬に入る前に撤去しなかったため、落ちて腐り、水質が劣化して、生き物たちは死んでしまったのでした。

     こういったことを経て、葉の残骸と、死んでいった生き物が沈殿し堆積した泥が残ったのですが、そこから伸びる、この初夏の睡蓮は、昨年をはるかに上回る勢いで、水上葉を茂らせはじめています。

       このさまをみていると、なんとも、諸行無常(この世の存在はすべて、すがたも本質も常に流動し変化していく)と言いますか、輪廻転生(命あるものが何度も生まれ変わり、また違った形になって存在を繰り返す)と言いますか、そんなことをそこはかとなく感じます。いっとき、失敗したようにみえても、それも含めたさまざまな積み重ねと繰り返しが、実をむすぶたとえとも感じられます。そういえば昔、上司に、『里親家庭や施設は、安心して失敗できる場所であるように』と習ったことを思い出しました。

     とはいえ、今年飼うめだか・どじょうばかりは、きちんと冬越しさせるつもりです。

     


    2020.06.15

  • 困難に打ち勝つ力

    里親支援とっとり 所長 遠藤 信彦 

     令和元年に「フォスタリング・チェンジ・プログラム(以下プログラムと略)」を実施しました。これは、自らの家庭で子どもを預かり育てる里親さんのため【だけ】に開発された、子育て技術向上のプログラムです。イギリスから日本に輸入され、まだ数年しか経過していませんが、多くの自治体が導入し始めています。

     プログラムは、毎週1回3時間を12週連続、計36時間というかなりのボリュームなので、参加される里親さんに相当な負担を強いたのですが、にもかかわらず8名の方が大変熱心に取り組まれ、修了されました。

     法人ブログで、プログラムの想い出を振り返っていきたいと思います。

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     【2.困難に打ち勝つ力】

     プログラムでは、里親が、育ての基本に「『レジリエンス』を身につけることを、助ける」という考え方を持っておくことをすすめています。

     『レジリエンス』とは、ざっくりと表現しますと「困難に打ち勝つ力」です。保護された子どもたちは、保護されるまでに、多くの辛いことを経験しています。大事な人や、慣れ親しんだ場所から離れ、どうして今ここにいるのか、これからどこに行くのかも判然としていないこともあります。そして、里親宅を離れた後も、助けの手が多くあるとは限りません。

     里親は、里子が、今後の困難に打ち勝つ力を身につけることを、助ける役目があります。そして、今後だけではなく、これまで過ぎた過去のことに対しても、打ち勝つことができるよう、育てる役目があります。

     この、困難に打ち勝つ力『レジリエンス(resilience)』という単語の、元の語意は、はね返す力・弾力・弾性・(元気の)回復力、といったものです。ただ、迫りくる困難に対して、がんがんぎんぎんに、硬くこわばり耐える、というよりも、弾力性をもってしなやかに跳ね返したり、一度へこんだとしても、ふっくらと元の形に戻ったり、柳のようにたおやかに、うまく適応し、すこやかに過ごす、といったニュアンスが含まれています。

     プログラムでとりあげるこのことは、数あるレジリエンスの考え方のうち、大きく4つのポイントにしぼって伝えます。「自分のことを、はっきりくっきりとみつめること」「人とうまくつきあうことができること、人の役に立てることをうれしいと思えること」「さまざまなことに興味、関心を持てること」「自分は、まあまあやれていて、やればできる、OKだ、と思えること」の4つです。

     「自分のことを、はっきりくっきりとみつめる」ことには、よろこびも、悲しみも悔しさも、きちんと感じることができ、またそれを適切にあらわすことができる、ということが含まれています。と、言いますのも、保護された子どもの中には、自分の気持ちをはっきり言うことを許されなかった子どもがいます。さらには、何も感じてはいけない、あらわしてはいけないと教えこまれ、何も感じていないふりをする子どもがいます。そんな子どもたちに対して、里親は「そうかー、あなたは悔しかったんだよね。その気持ちを、私に話していいんだよ!?」と言ったふうに声をかけ、それを受け里子は、「ああ、ぼくはそう感じていたんだ!この気持ちは『悔しい』ってことなんだ!この気持ちをことばにしてもいいんだ!伝えてもいいんだ!」と感じる、といったようなやりとりを大事にします。このやりとりを、日々心地よくいとなむために、プログラムでは、心の機微を察して声かけをしたり、うまく表現できない気持ちに名前をつけてあげたりするといったトレーニングがあります。

     「人とうまくつきあうことができること」という項目では、自分の都合と気持ちだけを押し付けるのではなく、かといって言いなりでもなく、相手の気持ちと立場を尊重したうえで、自分の希望を伝えるトレーニングを、まず里親自身が取り組みます。「テレビばっかりみてないで、いますぐ片付けなさい!」ではなくて、「今みているテレビの番組が終わったら、片付けを手伝ってくれると私はとってもうれしいな!」といった感じです。

     「自分は、まあまあやれていて、やればできる、OKだ、と思えること」も、言葉どおりですが、これにも、さまざまな気配りが必要です。自尊感情、自己受容、自己効力感、自己信頼感、自己決定感、自己有用感、達成感、自己肯定感、自信、などなど、多くのことばで示されるこの感覚、大人でも、身につけることがむずかしいこのことを、里親は里子に提供しなくてはなりません。なぜなら、保護された子どもは、保護されるまで、大事にされることや、受けとめられることや、役に立って助かった!ありがとう!と言われ、ほめられ、感謝されることや、信頼してまかせてもらうことなどが、少なかったことがあるからです。この力を身につけることを、助けることについてのコツを、大日本帝国 山本五十六海軍大将が大変端的に、ことばをのこしています。

     

     やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ

     話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず

     やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず

     

     「さまざまなことに興味、関心を持てること」を助けるために、里親は、さまざまなことに触れる機会を提供するべきです。子どもに有用な書物等を、お家のそこら中に散りばめておき、いつでもアクセスできるようにしておくことが望ましいとされています。ハイクオリティーで美しい自然や動物の写真雑誌など、好ましいとされています。国語算数理科社会に直結するものだけでなくてもかまいません。マンガであっても、ドラマであってもかまいません。芸術・文化など、これらに日々触れることができる環境をととのえ、できる限り里親も一緒に鑑賞することで「おもしろいと思える力」が身につくとされています。

     『レジリエンス』を、ざっと概念だけ、ダイジェストでお伝えしました。里親は、これらについて、教えさとすだけではなく、大人でもむずかしいこのことを、自らの背中でもって語らねばなりません。では、具体的に、日々どういった背中をみせ、どういった声かけをするのかということについては、またの機会にお伝えします。

     


    2020.05.07