里親支援とっとりブログ | 社会福祉法人 鳥取こども学園

社会福祉法人 鳥取こども学園は、キリスト教精神にもとづいて創立されました。その基本理念は『愛』です。

TEL. 0857-22-4200
ホーム > 里親支援とっとりブログ

里親支援とっとりブログ

  • イノシシのけものみちに思う

     このごろ、ちまたでクマが出ると話題ですが、我が家のまわりにはイノシシが出ます。きっと両親であろう大柄なイノシシ2匹のうしろに中くらい2匹、そのうしろをウリ坊がとっとこ行進しているさまは、大トトロ中トトロ小トトロのようで愛らしくさえあります。我が家の墓の脇を通り道にしており、土砂が崩れたこともありましたが、今ではすっかり(イノシシ一家の)日常の通路として踏み固められ、きれいに舗装されてしまいました。いわゆる『けものみち』ですね。

     人間の脳の神経は、新しいことを覚えると、のび、つながって、新たなネットワークを作っていくそうです。この道すじは、最初こそ細くて情報が通りにくいのですが、何度も通るにつれ、踏み固められて広くなり、通過する情報の交通量が多くなるそうです。さながらイノシシの『けものみち』ですね。

     このみちは、新たな学びや経験を重ねていくほど、交通網として整備されていきます。便利になればなるほど、近道やバイパスも使えるようになり、問題解決というゴールにたどり着きやすくなります。逆に、道の便利が悪いと、強情で融通がきかない、ということになるそうです。

     フォスタリングチェンジプログラム(以下、プログラム)でも、このことをふまえた関わりを学びます。子どもとおとなが一緒に問題解決法を考える『ストップ・プラン&ゴー』という手法では、猪突猛進に『こうったらこうなの!』と、一本道の行き止まりにぶちあたる子どもに対し、まずは感情を落ち着け『こんな方法もあるかもよ~~??』『相手はこう思ってるかもよ~~?』といったふうに、時にはユーモアも交え、さまざまな考え方を伝えます。この寄り添いにより、子どもは、他の人の気持ちを想像したり、こんがらがった問題点をシンプルにしたり、上手に交渉したり、人と協力したりといったことによる問題解決法を学ぶことができます。

     プログラムでは、子どもにことを教える際は、まずおとなが手本をみせるという鉄の掟があります。おとなは、たくさんのルート候補を柔軟に選択して、問題解決するという生き様を見せねばなりません。脳神経の新しいみちは、年齢を重ね刺激が乏しくなるほど、新しく作ることがしんどくなりますので、おとなが道をしめし続けるには、いくつになっても勉強を続けなければいけないようです。

     イノシシ一家も、良いみちを開拓し、ウリ坊をしっかり先導し、墓石を倒さず車に轢かれず、上手に餌をみつけ、家族仲良く暮らしていってほしいものです。

     

    【参考】PRESIDENT Online医学博士奥村歩氏のコラム


    2020.09.02

  • ウェブ会議の手伝いをとおしてきづいたこと

    里親支援とっとり 所長 遠藤 信彦

     コロナ禍により、地域をまたいで参集する会議が軒並み中止となり、施設長らのウェブ会議・リモート会議(インターネットワークを通して、離れた複数の方が会議を行う)の手伝いをすることが多くありました。なかなかに、すっすすっすとセッティングできるものではなく、やれ機械が反応しない、やれ声が聞こえない、やれパスワードがあわない、などなど、てんやわんやしましたが、何度も手伝いをするうちに要領を得てきましたし、この形態の会議『独特の作法』を学ぶことができました。

     そもそも、手伝いをするまで、『画面のお顔をみながらヘッドホンとマイクで会話する』ということについて、半信半疑というか、まゆつばものというか、信じていないふしがあったのですね。むしろそんなことよりも、電話での、声だけのやりとりに、その方のおもかげを思い起こしながら、よもやま話をまじえた会話を大事にしたり、メールであれば、歌手の宇多田ヒカルのヒット曲「オートマチック」の歌詞にあるような、『アクセスしてみると映るコンピュータースクリーンの中にチカチカしている文字 手をあててみると温かい』というようなことを目指し、情感と魂を込めて文字を打つ!といったことをこころがけていました。

     しかしながら、なかなかどうして、ウェブ会議もおもむき深いものでした。全国ブロック規模の会議などになりますと、コンピュータースクリーン一面に、お歴々の方たちのお顔がタイル状にところせましと並び、一斉にこちらをみているさまは壮観です。ウェブ会議に用いるソフトもよく工夫されており、発言すると(マイクに音声が感知されると)その発言者のお顔がアップになるといった動作があります。(逆に言えば、余計な声を発せないとも言えます)

     冗談ではなく、お顔写りも大事です。明るい窓の方を向いたり、さらには、ライトをあてたり(!?)といったことも行いました。これは大げさではなくて、顔をしっかり照らさないと、先方に見えないのですね。テレビ番組の収録か!?というありさまですが、まさしく、だいたい似たようなものであるわけです。

     こういった会議をコーディネートされる、専門の業者さんもおられ、リモートで取り仕切られるその進行には大変学ばされました。例えば『自分の発言の出番ではない時も、あいづちを打つようこころがけてください』という教えがありました。と、言いますのも、ウェブ会議では、出番ではない時は、前述のとおり、声をひそめておくものなのですが、その間も、お顔は画面に映っていることが多いです。ただでさえ、遠く離れていて、画面と音声だけやりとりですから、その場の空気感が乏しいなか、画面のお顔がムスッとしていたり、他の方向をみていたり、隣の人(画面には映っていない)とひそひそ話をしていたりすると、聴いてもらっている感が乏しく、話しにくいのですね。しかもそれがまた皮肉にも、つぶさによく見えるのです。小さなタイル状でも、大きくあいづちを打ってくださっているのをみると、発言者は安心して話しやすくなるということでした。

     フォスタリングチェンジプログラムでも、このことに関したトレーニングがあります。子どもの話を聴く際、返すことばの内容も、もちろん大事ではあるのですが、それ以上に、その際の表情、しぐさ、声のトーン、目線、姿勢などがとても重要です。聴くにつけ、ほめるにつけ、注意するにつけ、この、ことば以外のコミュニケーション(非言語コミュニケーション)に気を配りましょう、というものです。ある学説では、『態度が9割』なのだそうです。どんなに美しいことばも、態度がともなわなければ、相手の胸に響かない、ということですね。

     コロナ禍のもと、ひととひととの間の、コミュニケーション様式が、大きく変わりつつあります。しかしながら、デジタル信号で、インターネットワークを通しても、礼節についての大事なことは、たいして変わりが無いようです。今一度こころがけたいと思います。


    2020.07.10

  • 初夏の草木の育ちをみて【令和2年6月】

    里親支援とっとり 所長 遠藤 信彦

     我が家のつくばいに、睡蓮が茂っています。この睡蓮は、平成30年に逝去された池田里父が育てていたもので、昨年、里母からいただいたものです。

     ぼくの住んでいる棟は、築年数の古い離れ家です。もともとは、祖父が茶室をイメージして建てたものだそうで、茶室に入る前に手を洗うつくばい(蹲)のようなものがあるのですが、そこに睡蓮が茂っている。いただいた頃からすると、随分と株が大きくなりました。

     昨年は、このつくばいに、めだか・どじょうなどを放しており、一時期は大盛況で、繁殖までしていたのですが、冬を経て、現在生き物はリセットされています。と、言うのも、ぼくの育てている水辺の植物は、夏・秋を通して、おおいに繁茂するですが、冬には葉を枯らせて落とし、根っこのみで越冬するものが多いのです。めだか・どじょうは、冬の屋外でも水底深くで、じっとして、越冬できるのですが、思うまま夏・秋を謳歌して茂った葉を、冬に入る前に撤去しなかったため、落ちて腐り、水質が劣化して、生き物たちは死んでしまったのでした。

     こういったことを経て、葉の残骸と、死んでいった生き物が沈殿し堆積した泥が残ったのですが、そこから伸びる、この初夏の睡蓮は、昨年をはるかに上回る勢いで、水上葉を茂らせはじめています。

       このさまをみていると、なんとも、諸行無常(この世の存在はすべて、すがたも本質も常に流動し変化していく)と言いますか、輪廻転生(命あるものが何度も生まれ変わり、また違った形になって存在を繰り返す)と言いますか、そんなことをそこはかとなく感じます。いっとき、失敗したようにみえても、それも含めたさまざまな積み重ねと繰り返しが、実をむすぶたとえとも感じられます。そういえば昔、上司に、『里親家庭や施設は、安心して失敗できる場所であるように』と習ったことを思い出しました。

     とはいえ、今年飼うめだか・どじょうばかりは、きちんと冬越しさせるつもりです。

     


    2020.06.15